遠因のアンスト

歩道に打ち捨てられた灰色の死骸と少女の髪を束ねる桃色のリボンと躑躅の植えこみに混生する紫色と獲物を咥え低空を滑る茶色の鳥。以上が先週の私が知覚した色で今週の私は雪柳のけぶるような白色と桜の幽かな肌の色などを半ば意識的に記憶していったが眠り姫をあやしに向かう道中にてまたしても鳩の無残な骸を目撃、今度は内臓も溢していたため私の脳は鳩の身体の灰色ではなく鮮烈な赤色のほうを認知した。この視点の推移はもしやと思い過去二日ほどの記憶を手繰ってみると果たして桜絡みの些細な出来事が浮上。買いだしの帰りにひとけのない遊歩道で一服していると背後から肩をとんとんと叩く者があり振り向くと八分咲きの枝が眼前に、ということがあった。あのとき私は振り向いてはいけなかったのだ。

家の近くの池に棲んでいた大鷭の姿が数日前からみられなくなった。先の鳩のこともありもしや池の底に沈んでいるのではとか他所の強い生きものにとられてしまったのではなどと不穏当なことばかり考えてしまうのでこれはよろしくないと思い渋々インターネットを使って彼の鳥の生態について調べることにした。ウェブサイトに記事を掲載する在野の研究家曰く大鷭という鳥は気候が暖かくなると生殖のために寒地へ移動するとのことでそうかあれは渡りのものだったのかと納得、縁があればまた今冬にはお目にかかれるかもしれないと思いまたそう思いこむことで春の腥さを不当に薄めようとする自らの浅薄な精神のはたらきに気づき私は実に愚かな人間だと嗤い嗤うしかない自分の弱さを心底悔しく思った。