晝の焦燥

5日で2616頁。借りたぶんを返して予約した図書を受け取り2日で5冊。なにか変だと思いつつも頁を繰る指先を躾けられないのだからこれはもう仕方のないことと開き直り今日もせっせと活字をたべる。夜があっという間に過ぎていく。

クワズイモの葉先からぽたりぽたりと滴り落ちる水滴を視界の端に捉えながらゆるゆると閉じてゆく母親とそんな母の様子に怯える娘の物語を手繰りのみこむ。あとがきに狂気という言葉が使われておりハテ狂気とはと一瞬真剣に考えこむ。それがもし日々の暮らしのなかに白昼夢を敷くようなものだとするなら私にとっては特に珍しいことでもなくなんならつい昨日も人との会話の中でそのような気配を感じたところだ。正気と狂気の境とは果たしてどのような。

頭の芯をぐらぐらと揺さぶられるような本を読み終えてぐらぐらと揺れながら寝床に倒れこむ。なにを読んだのかよくわからないのに読んでいる間じゅうずっと声が聞こえていた、読むというより聞いているという感覚。ようこんなこわいもん書きはるな、と無声で母語を呟いたのは素直な伝染でもしかすると主人公の少年の声が実際に私の耳にも届いていたのかもしれない。悪声。その後アメリカの鱒釣りを数頁ほど読んだあたりで作者のブローティガンに思いきり蹴り飛ばされ呆然。そうかこの人は西瓜糖の。

土砂降りのなか亀たちの世話をしに走る。追い越しざま容赦なく水溜まりを割っていく車と速度をゆるめて通過する車の比率は前者のほうが高く雨合羽を被って出たのは正しい選択だったと思う。主不在の部屋の真ん中で亀たちは水槽の底に静かに横たわっており私の来訪を知覚するといくぶん億劫そうにゆっくりと浮上した。お兄ちゃん明後日には帰ってくるからもう少し待っていようね代わりに今日はえびの人*1がお水とごはんするよ。大きいほうの亀は伸ばした首を直角にし私を見上げる。ちゃんと帰ってくるから大丈夫だよお兄ちゃんは何より君たちのことを大事に思っているのだから。亀はふっと視線を外に逃し小さいほうの亀のもとへ泳いでいきその黒くて小さな甲羅にそっと手をのせる。私はその手がひんやりとやわらかであることを知っている。水換えと食餌の支度を終えて二匹を水槽に戻し(大きいほうはそれでもやはり不安だったのか私が動かないよう右脚の上で眼を閉じ眠ったふりをしていたけれどそれがあくまでふりであることは判っていたので心を無にして身体から剥がした)使ったカップを流しに置いて戸締りを点検してから再び雨合羽を身に纏い降りしきる雨のなか急ぎ図書館へと向かった。

"暗渠"という言葉が頭から離れない。

*1:私は二匹のうち大きいほうの亀に"おやつのえびをくれる人間"として認識されているため彼女に話しかける際は一人称がこうなる